ドラゴンボール裏話

原作は、週刊少年ジャンプ(集英社)にて1984年51号から1995年25号までの間、全519話が連載された。1990年代に掲載の『SLAM DUNK』と『幽☆遊☆白書』でジャンプ全盛期の史上3大漫画として築き上げ、その中でも最も格別とされる。当初はギャグ要素も残した冒険アドベンチャーだったが、担当編集者の鳥嶋氏の言葉などにより、次第に格闘物へと変化。ジャンプコミックスより単行本全42巻が発売され、日本でのコミックス単行本総発行部数は1億2600万部超。大きなサイズでカラーページも再現した完全版も発売されている。
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単行本・完全版・関連書籍を含めた日本国内発行部数は1億6000万部、全世界では3億部を数える。連載開始から20年、連載終了から10年以上たった現在でもその人気は衰えていない。間違いなく「全世界で最も売れた漫画」(スヌーピーがそれと同じ売り上げクラスだが凄いこと)である。また最近では全ページオールカラーのフィルムコミックスが発売された。


連載開始までの経緯
ドラゴンボールは連載が始まるまでに様々な紆余曲折があった。当時Dr.スランプのネタが尽きかけていた鳥山は、連載を終わらせたがっていた。「すぐに次の連載を始めること」という編集部の条件の元、Dr.スランプの連載を終えた鳥山は、以前に描いた二つの読み切り作品「騎竜少年(ドラゴンボーイ)」(フレッシュジャンプ83年8月号・10月号)と「トンプー大冒険」(週刊少年ジャンプ83年52号)が好評だったことを受け、次の連載はこの二つの作品の世界観を更に膨らませたものにしようと考える。そうして生まれたのが、ドラゴンボールである。実際、「騎竜少年(ドラゴンボーイ)」と「トンプー大冒険」には初期のドラゴンボールの雰囲気が色濃く感じられ、ドラゴンボールの原型とも言える作品である(二つとも鳥山明○作劇場 VOL.2に収録)。


連載終了までの経緯
先の展開を決めず、行き当たりばったり感覚のギャグ路線で連載が始まったドラゴンボールだが、連載当初の人気は芳しいものではなかった。担当編集者の鳥嶋氏に「主人公が地味だ。だから人気がないんだ」と指摘された鳥山は、以後「強さを追い求める主人公」というテーマをドラゴンボールに持たせることになる。その発想から天下一武道会が始まり、主人公孫悟空のキャラクターも確立され、人気も急激に上昇する。

鳥山自身は、当初マジュニアとの決着をつけたところで、物語の終了を考えていた(連載終了後のインタビューでは、「ピッコロ大魔王編が描いていて一番楽しかった」とも言っている)。しかし当時すでにアンケートでは不動の1位であったドラゴンボールの終了を編集部がそう簡単に認めるわけもなく、連載は続けられることになる。

そして、フリーザ編に突入する頃には、既にドラゴンボールの人気および経済効果は一大産業とまで言われるまでに国際的にも拡大しており、集英社や本作アニメを制作していた東映動画の経営にさえ影響を及ぼしかねない規模のものとなっていたため、もはや作者の一存はもとより編集部の意向でも連載を終了させることは極めて困難な状況になっていた。その為、この作品の終了については異例ではあるが集英社の最高クラスの幹部による決断が行われた。

こうした背景もあって、結局ドラゴンボールは約10年間に渡る長期連載となった。最終回は唐突な感じでやってきたが、最終ページで鳥山本人が完結の経緯を説明するなど、最後まで波乱含みの展開であった。


変更された最終回
2002年12月から刊行された完全版では、最終34巻で魔人ブウ編の終盤数ヶ所と、最終話に4ページ分鳥山本人が加筆している。そのため、先に発売されている通常版と完全版とでは、最終話のニュアンスが微妙に変わっていて、鳥山が本来込めた意図が完全版ではより明確になっている(ちなみに、先に触れた通常版最終話にあった作者による完結の経緯の説明は、完全版では削除されている)。

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リミットブレイカー無効 116-I 【第4弾 ノーマル】 ミスター・サタン 102-I 【第4弾 ノーマル】 怒りの一撃 156-I 【第6弾 ノーマル】 グレートサイヤマン 120-I 【第5弾 ノーマル】 リミットブレイカー防御 136-I 【第5弾 ノーマル】
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